Citizen Ruth (1996)

＜作品データ＞
リージョン： 1
制作： Buena Vista
映像仕様： LBX
音声仕様： Dolby Digital Surround (English)
作品時間： 105分
画面比率： 1.85:1
CC： Yes
字幕： English

ネブラスカの田舎町オマハの郊外で放浪するルース(ローラ・ダーン)は札付きのダメ女だった。ゴミ溜めのようなボロアパートに住む男から、唯一の財産であるTVと共に投げ捨てられ、すがる思いで兄の家を訪れたものの、過去に何度となく裏切られた兄はルースの言葉を一つも信じようとはしない。手切れ金として兄から渡された金を手に早速雑貨屋を訪れるルース。食べるものが無いと言ってせしめた$15だが、ルースが一目散に物色するのは塗装用の有機溶剤。手馴れた手つきで塗料スプレーを吸引し、ハイになって気を失った所を顔馴染みになっている地元の警官に発見され、いつものように拘置所へ叩き込まれてしまう。

施設内の医療所で妊娠していることを告げられ頭を悩ませるのはルース一人ではなかった。再三再四刑務所の替わりに薬物依存症セラピーに送り込んだのだが更生する兆しをまったく見せないうえ無責任に子供を作るルースに憤慨した判事は、今までに無い厳罰を与える覚悟である旨を申し渡す。彼は審議終了後ルースを呼び、「刑務所内の医療施設で子供の中絶を自主的に申し出るのなら、減刑を考えてもいい」と告げる。拘置所に戻され途方に暮れるルースの元に現れたのは、過激な中絶反対の実力行使で拘置された女性活動家達だった。彼女らへ事のいきさつを聞かせたルースは、思いがけない申し出を受けることになる。

地元で幸福な家庭を築いているノーム(カートウッド・スミス)とゲイル(メアリー・ケイ・プレイス)夫妻は、$400の 保釈金を肩代わりし、赤の他人であるルースにベッドと食事を提供し暖かく迎えてくれたのだ。なぜそんなに親切にされるか理解できないまま、敬謙なクリスチャンで Pro Life(中絶反対)運動に心身をささげる夫妻一家と行動を共にするようになるルース。しかし真人間になろうと誓ったのもつかの間、子供部屋からくすねたプラモデル用接着剤を隠れて吸引している所を男の子に発見され、騒ぐ子を殴った彼女にゲイル夫妻の堪忍袋の緒は切れてしまう。こんな人間と一緒に暮らせないと激昂するゲイルをなだめ、ルースを引き取ったのは女性活動家のダイアン(スウォージー・カーツ)だった。

良妻賢母に見えたダイアンだったが、実は Pro Choice (中絶容認)運動の活動家で、Pro Life を監視するスパイ。彼女はルースを自分の家に連れて帰り、パートナーのレイチェル(ケリー・プレストン)と共に、Pro Life 活動家達はルースの子供を保護することを政治的に利用しようとしている事を伝える。地団駄を踏んで悔しがるルースだが、すぐに Pro Choice 側もルースが中絶することを運動成果として狙っている事に勘付く。片田舎の小競り合いだったルースの中絶をめぐる騒ぎはマスコミで大きく報道され、やがてルースの思惑とはまったく関係なく、中絶賛成-反対をめぐる全米を揺るがす一大騒動に発展して行く…。

ルースの妊娠中絶をめぐるドタバタをブラック・ユーモアたっぷりに綴る、コメディ・ドラマ。総制作費3億円と伝えられるインディ映画並の小ぢんまりした作品ながら実力派を揃えたキャスティングは華やか。「ジュラシック・パーク」や「遠い空の向こうに」、「I am サム」などきらりと光る脇役が印象的なローラ・ダーンは、普段の彼女からは想像できない迫真のダメ人間ぶりが印象的。「ライアー・ライアー」でジム・キャリーと対峙する凄腕女性弁護士役などが知られるスウォージー・カーツは、カッチリと堅い役をこなす。ジョン・トラボルタの妻として知られ「恋におぼれて」などで華やかな金髪のイメージが強いケリー・プレストンが地味なブルネットで出演しているのは意外性があり面白い。メアリー・ケイ・プレイスは「I Love ぺッカー」でも披露したコミカルな側面を出し、カートウッド・スミスは「ロボコップ」の悪役で見せたアイロニカルなおかしみを再度提示。粗暴な容姿から意外なソフトな一面を見せるあけすけなハーレン役のエム・シー・ゲイニーも短い出演時間ながら確かな存在感を示している。Pro Life 組織のトップにして思いっきりうさんくさい男としてバート・レイノルズ、Pro Choice のカリスマ・リーダー役でティッピー・ヘドレン、そしてルースの母親役としてローラ・ダーンの実母ダイアン・ラッドがカメオ出演しているのも楽しい。

尾道と言えば大林宣彦、ボルチモアと言えばジョン・ウォーターズ、というようにホームグランドを持ち愛着ある土地で自分の撮りたい映画を作り続ける監督が居る。ネブラスカのオマハを舞台に活躍するアレクサンダー・ペイン監督もそうした職人気質のプロ監督の一人だ。本作は、「アバウト・シュミット」でついに米国アカデミー賞に手をかけたペイン監督の処女作で、脚本は「Election」(日本未公開： ビデオ邦題「ハイスクール白書　優等生ギャルに気をつけろ！」でもコンビを組んだジム・テイラーとペインの共著。テイラーとペインは昔ルームメイトで、過去二人で様々な脚本の原案やプロットを考えたという。元々アレクサンダー・ペイン監督は「アバウト・シュミット」をパラマウント・ピクチャーに持ち込み製作の可能性を打診したそうだが、スタジオ側に一蹴されもっとコミカルで映画にしやすい脚本を、と要求され出した代替案がこの「Citizen Ruth」だったそうだ。

米国で政策論点に必ず挙げられる Pro Choice vs Pro Life = 人工中絶の是否を取り上げている本作品、プロットの途中までは、実際に起こった事件をほぼ忠実になぞっているという。しかし、この映画は政治的な議論に深入りすることなく、賛成・反対の両運動を一歩引いた視点から捉え、ちょっぴりうがった見方でブラックなユーモアに仕立ててある点が実に新鮮だ。

作品中盤にバスタブに浸かり左右の目を交互につぶりながら、ルースが自分の足を眺める、というカットがある。この場面に集約されているのは、一つの事象を違った視点から眺めることでまったく異なった側面が現れてくる、というこの映画のテーマでもあるのだが、思い返せばこの構造主義的アプローチは後続のペイン監督作品にも脈々と受け継がれている。

脱稿から製作開始まで3年あまり開いたせいもあってか、練りに練られた脚本の作り込みは特に秀逸だ。終盤、ルースがカバンから取り出すブレーキ液は、序盤に自分を振った彼の車からかっぱらった物である。音声コメンタリーで明かされている代替エンディングでは冒頭で彼から捨てられたTVの替わりを買うシークエンスもあったそうで、ある種の循環構造を意識していることがうかがえる。ジェーン・アン・スチュワートの気合の入ったプロダクション・デザインはネブラスカの片田舎での想像を絶するロー・ライフを克明に描き出し、細部まできっちり目配せが行き届いた小道具のディテールの厚みもすばらしい。ペイン監督作品常連のロルフ・ケントによる音楽も、受精や出産を意識したメタファーや絵の遊びも面白いのだが、しかしなんといってもこの作品で心を奪われるのは、物語の進行やプロット、作劇の構成ではなく、描かれているキャラクターの濃さにある。

周囲の善意や政治的な意図をすべてなぎ倒して行くルースの底抜けなダメさ加減には、すがすがしさを感じるレベルまで突き抜けているし、オマハ地元民中心のエキストラのかもし出す独特の空気は、役者志望の美男美女が集まるロスの撮影ではまず達成不可能な独特な色と臭いがある。善良に見える小市民や理想に燃える圧力団体の先導者達は、ペイン監督流の意地の悪いカメラ使いによって底意や存在の軽さと浅さが露見してしまう。頭も口も悪いルースにかきまわされて、思わずボロを出してしまう周囲のうろたえぶりが何とも痛快だ。単なるブラックなコメディと思わせておいて、すっとんきょうな間から繰り出されるルースのあけすけな台詞に、表面では語られない物語の過去や裏につながる口が大きく開いているのもぞくぞくさせられた。

残念ながら日本では劇場未公開で現時点ではビデオもリリースされておらず知名度は今ひとつだが、本作品の面白さを裏づけるように、ロサンゼルス批評家、モントリオール映画祭、ミュンヘン映画祭、サンダンス映画祭、テサロニキ国際映画祭などで各種ノミネート・受賞の栄冠に輝いている。全米興行成績は1億円にはるか及ばず、ひっそりと公開終了した作品だが「Election」や「アバウト・シュミット」でペイン監督の才能に魅了された人にはぜひ観てもらいたい隠れた名作だ。

シーン・セレクションを含むごく普通の作りのナビゲート・メニューからは、スペシャル・フィーチャーとして劇場予告編と、監督、脚本家、主演女優、プロダクション・デザイナーの4人の音声コメンタリーが選択できる。音声コメンタリーは、4人の異なる視点から作品や製作スタッフに対する愛着や愛情が語られる珠玉の内容。「Election」のDVD コメンタリーでは饒舌だったペイン監督が、今回はしゃべりすぎず、ばらしすぎない控えめな解説を加えているのはちょっと意外だった。エンディング・クレジットにかけて、編集でカットされた代替エンディングが語られるなど、おまけ収録の数こそ少ないがコメンタリーのありがたみは多大だ。スニーク・ピークス・メニューには、「Miramax Year of Gold」と名づけられたミラマックス・ブランドの映画紹介、「ブリジット・ジョーンズの日記」、「TellingYou」、「フォーエバー・フィーバー」、「Get Over It」の劇場予告編が収録されている。
セットアップ・メニューは、音声項目として英語ドルビー2ch、フランス語ドルビー2chの選択、キャプションは英語字幕のOn/Off の選択が可能となっている。今流のおまけコンテンツ満載のディスクと比べると若干寂しい内容だが、96年製作の小規模作品のDVD化ということを考慮すればこんな物なのかもしれない。ナビゲート・メニューの作りはごくシンプルで、可も無く不可も無く、という印象。おまけが薄い分、もう少し凝った作りにしてもよかったように思う。
パッケージのアートワークはDVD発売に合わせて新たに起こされたイメージを使用しているが、レンタルVHSパッケージにも使われたスプレー缶を持ち自由の女神に扮したローラ・ダーンのそれが秀逸だっただけに、差し替えの費用対効果は疑問に思った。

原画の持つ落ち着いた色調をストレートにピクセルに載せた無難なエンコーディング。マイルドに収束しまとまりの良さを見せるが、近年の DVD タイトルにある鋭さには欠ける。横長モニタで視聴しない筆者は、アナモルフィック・ワイドスクリーン収録でせっかく上下に黒い帯があるのだから、字幕をそこに落とし込めば、などと考えてしまうのだが、聴覚障害者用に用意されている字幕本来の目的からすればそうもいかないのかもしれない。ちなみにクローズド・キャプションの字幕は下側の黒帯にかかる位置に表示されるので、DVD 字幕ではなく、CC字幕で視聴するのも手かもしれない。DVD 字幕は黄色地で見易く丁寧な作りだ。

劇場公開時も Dolby Digital や DTS、SDDS のプリントはなく Dolbyのみの配給で、DVD は素直に AC-3 2ch の英語音声が既定。この他、フランス語( AC-3 2ch)と、監督以下4人の製作スタッフの音声コメンタリの 3トラックが収録されている。ごく常識的だがきちんとツボを押さえたミキシングで、一連のペイン監督作品や「ベティ・サイズモア」など小規模アート作品から「キューティー・ブロンド2」まで手がけるロルフ・ケントの音楽を素直に楽しめた。