Pale Flower (1964)
(乾いた花）

＜作品データ＞
リージョン： 1
制作： Home Vision
映像仕様： LBX
音声仕様： Dolby Digital Mono (Japanese)
作品時間： 96分
画面比率： 2.35:1
CC： No
字幕： English

殺人による３年の刑期を終えたやくざの中堅幹部、村木（池部良）。だが久しぶりの娑婆の空気はうまいものではなかった。村木の組は彼が殺した相手方の組と手打ちをしており、彼の立場は微妙なものとなっていたのだ。また、刑期の間待っていてくれた馴染みの女と会うも、以前のような愛を彼女に感じることはなかった。そんなとき、村木は行きつけの賭場に最近現われるようになった不思議な女、冴子（加賀まり子）と知り合う。いつも大胆な賭け方をするこの二まわりは年下の女に彼は惹かれるものを感じていた。もっと大きな賭けがしたいという冴子を村木は掛け金の大きな賭場に連れて行くが、そこでも彼女は見事な手さばきをみせる。海千山千の博徒達を相手に一歩も引かないのだ。その帰り深夜の首都高を猛スピードで運転する冴子の姿に、村木は自分が持つのと同じ心の乾きを見出す。なにものにも充たされることのない魂の渇望。そしてそれを充たそうとひたすらスリルを追い求める彼女の中に危ういもろさも感じるのだった。しばらくの後その悪い予感は当たることになる。冴子が危険な麻薬中毒者のヨウという男と付き合っているというのだ。「わたしこのあいだヤクを打ってみたの」という冴子に、村木は「あんたにヤクよりいいものを見せてやるよ」と自らがこれから犯そうとしている殺人現場を目撃させる約束をする。

本作を監督した篠田正浩は2003年の作品「スパイ・ゾルゲ」をもって総計33作, 40年以上に及ぶ監督生活を終えると宣言したが、それは70歳をこえた人間は映画を撮るべきではないという持論からだそうだ。確かに幾多の名監督達が、その晩年に駄作ともいえる作品を作ってファンを失望させたことを考えるとこの理由はのみこめる。しかしすでに篠田監督自身の後期作品が彼の若い頃の名作、「暗殺」(1964年)や「心中天網島」(1969年)などと比べて精彩を欠いたものになってしまっていることを考えると、監督自らそろそろ引き際だと思ったのかもしれない。ともあれ、1964年に撮られた本作、「乾いた花」はその篠田監督に最も油が乗っていたといえる60年代の作品群の中でも一際光彩を放つ傑作だ。これは石原慎太郎の同名小説をもとに馬場当が脚本を書いたものを、篠田監督が従来の松竹映画の枠にとらわれない独立プロダクションの中で映画化した。大島渚や吉田喜重などによる、いわゆる松竹ヌーヴェルバーグと呼ばれた当時の新しい作家主義的な映画製作と軌を一にしていたものだといえる。この作品は完成後８ヶ月間松竹によって干されたが、その後公開されるとヒットを記録した。若い感性による作品に戸惑いつつも新しい時代に沿う映画を模索していた当時の松竹映画の様子がうかがわれる。（このあたりの経緯は特別収録の監督インタビューに詳しい。）

篠田はこの作品において日本独特のやくざのドラマを、アメリカのフィルムノワールやそれに影響を受けたフランス映画などを多分に意識したモノクロの夜の世界に展開させる。しかしこれは単なる外国映画の物真似以上のものになっているといえる。確かに村木と冴子の関係はジャン・ピエール・メルヴィルの「賭博師ボブ」（1955年）における中年賭博師ボブと少女アンを思わせるなど外来の映画の影響は隠せないのだが、そういった影響は昇華されてこの作品を独自のものにしている。小杉正雄による映像は同時期のメルヴィルの映画と比べても勝るとも劣らない美しさだし、花札による賭場が多くの時間を割いて描かれるなど日本固有の要素も色濃く見てとれる。

さてストーリーだが、中年やくざの池部良が出所した後、加賀まり子演じるミステリアスな若い女と出会い、すれ違うさまが描かれる。冒頭に池部の言う、「誰もかもどういう気持ちで生きているんだ？・・・苦し紛れに生きているようなまねしているだけだ。こんな動物の中のたった一匹を殺したことがどうして重大なことになるんだ？」という台詞、映画のオープニングとしては幾分作為的な響きはあるが、この映画全体のテーマをよく表している。これは存在することに意味を見出せない男と女の物語なのだ。その不安定さが二人の心の乾きとして描かれる。そして男は再度人を殺すことによって自らの存在を確かめようとし、女は薬物に溺れることでそれを感じようとする。なんとも虚無的な結末だが、篠田監督は特別収録のインタビューで、冷戦のさなかアメリカとソ連の板ばさみになって何も独自の政策をうちだせなかった当時の日本と、そんな状況のせいでアイデンティティを見出すことができなかった個々の日本人の閉塞感を表現したかったと話している。だがラストシーンで刑務所の暗闇を歩いていく池部の姿にはある種の潔さがある。そこには何もすがるもののない真っ暗な世界でも一人で歩いていくしかないと割り切った強さが感じられなくもない。そうした池部の中にある実存も監督の意図するところで、それがかろうじて社会を支えうるモラルになるのだという。ところでこの映画が撮られた1964年という年だが、実はあの高度経済成長の象徴である東京オリンピックが開催された年なのだ。そう考えると、多くの日本人がそれぞれの目標に向かって突っ走っていた当時よりも、そうした目標を見出しにくくなった現在の日本においての方がこの映画の持つ意味がより身近なものであるといえるかもしれない。

得てしてこういった野心的な映画はちぐはぐな失敗作になることも多いのだが、この作品においてはいろいろな要素が幸運なめぐり合わせによってうまくかみ合っているように思う。主演の池部良と加賀まり子の演技はすばらしい。この映画で池部が放つ渋い男の色気は他の日本の俳優にはちょっとみられないし、加賀も今の彼女しか知らない人が見たら度肝を抜かれるに違いない小悪魔ぶりだ。小杉正雄の少々やりすぎた映像美によって描かれる夜の東京は全く現実感がないのだが、それがかえってストーリーの求める「浮世」のドリーミーな雰囲気を醸し出しているといえる。特筆すべきは武満徹の音楽で、この映画では当時まだ生まれたばかりのフリージャズを取り入れたと思われる楽曲がモノクロの夜の世界に澄んだ緊張感と虚無感を与えている。やくざの仁義、仁侠の世界を求める人は楽しめないかもしれないが、この作品はより多くの人に見られるべき稀有な日本映画だと思う。

(1) Masahiro Shinoda interview
映画評論家で自ら映画監督でもあるChris D. による篠田正浩監督のインタビュー。約10分の短いものだが、上に書いたように篠田監督と松竹映画との関係や本作のテーマ、監督が映画製作に携わるようになった経緯などが日本語で話され、なかなか興味深い。途中何点かこの映画に関わる写真が表示される。

(2) Masahiro Shinoda filmography
篠田正浩監督の作品リストが年代順に表示される。（英語）

(3) Liner Notes by Chris D.
上記Chris D. によるエッセイ。本作の解説、篠田正浩監督のキャリア、本作発表時の反響などが説明される。（英語）

非常に優れたデジタルトランスファー。探せばチリが見つからなくもないがほとんど気にならない程度。アナモルフィック・ワイドスクリーンで画面比率は2.35:1　鮮明なモノクロ映像で、賭場に立ち込める煙草の煙などが綺麗に再現される。英語字幕付き。（On/Off可）

ドルビーデジタルのモノラル音声。立体感には乏しいかもしれないが、台詞は非常に明瞭に聞き取れる。多少高音が立っている印象があるが、特にノイズなどは無くこの時代のものとしては優れていると思われる。武満徹の音楽や、時計屋で鳴り続ける機械音、花札の擦れる音など作品中効果的に用いられる音響が綺麗に再生されている。